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2007年7月17日 (火)

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7月16日月曜日は海の日でした。
当然サラリーマンである私はお休みだったのですが、突然の大きな揺れに目を覚ますことになりました。
私はマンションの7階に住んでいるので、揺れも大きく立ち上がる事もできず、やっと立ち上がっても頭がフラフラして船酔いになったようでした。
テレビをつけると、新潟市では震度5強というテロップが出ていました。
人生で、最大の地震に遭遇したようです。

まず、会社に電話を入れるが、全く通じない。
とにかく、出社してみようと会社に行くと、すでに何人かの人が出ていました。
さっそく被害状況等の情報収集を始めるが、震源地に近い施設は被害も大きいようで、思うように情報が集まりません。

新潟から長岡までの高速道路が開通したのをキッカケに、現地へ被害状況の把握と災害復旧を目的に米山SAを目指して出発しました。
なんで、私が行くことになったかというと、被害状況の映像記録とデータ送信ができる管理職が居ないということで、ありがたくないご指名受けました。

長岡からは緊急車両扱いで、柏崎方向に進むことになりましたが、大積PAまでは、何も無かったような状況で、スイスイといくことができましたが、大積PAについて、ここは被災地だと実感することとなりました。
施設の内部は、爆弾を爆発させたように物が散乱していて、すさまじい状況でした。

ここで、最大級の余震に見舞われました。
建物内で打ち合わせをしていると、ゴォーという音と共に建物が揺れ始めたので、慌てて外に飛び出すと、地面がメチャメチャ揺れていて、足が地に着かないといった感じの揺れを体感しました。
メチャメチャ怖かったですよ(^_^;)

大積PAを出発すると、道路には亀裂が入り、隆起や陥没箇所が多くなってきました。
写真は、最大の段差ができた箇所で、50cmくらいのヅレが生じているので、土嚢を積んで車が通行できるようにしていました。
さらに、進むと自衛隊のヘリコプターが高速道路のすぐ横に待機していました。
ランボーの世界のようです。

一番の被害地である米山SAに到着したのは、すでに夕方でした。
普段なら新潟-米山は1時間半程度なのですが、この日は4時間程度が経過してました。

建物周辺にもクラックが走り、建物内は予想通りメチャメチャで、倉庫内の商品も写真のとおり、メチャメチャです。
復旧の目処が立たないまま時間が過ぎ、一応の打ち合わせが終了し残りの施設も回って新潟に戻ったのは、翌朝(今日)の4時過ぎになっていました。

それから、通常勤務に入り、今日の対策等を終了して家に戻ったのは、地震発生から34時間後のついさっきでした。
この先、完全復旧までは時間がかかると思います。

それでは、目が閉じそうなので、おやすみなさい。

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